愛の結実期
3.自発的な人と誘発的な人
次に、自発と誘発ということについて考えてみましょう。相手によって、環境によって左右される人は、誘発的な人です。それに対して、愛する主体者や神から見離されることがあったとしても、つまずかず自分の本然の価値をもって打ち勝つ人は、自発的な人です。このように自発的な生活は、自分の本心が動機となり、喜びにあふれてするものなのです。一方、誘発的な生活は、主体者のため、環境のためというように、他によって受動的にするものです。
誘発的な勝利はだれかによって主管を受けた結果なされたものであり、だれでもすることができます。誘発的な服従は、いつか打撃を受ければ不幸を招きます。環境によって恵みを受ける人は、借りが大きいので疲れやすいのです。神は私たちが自発性によって個性完成することができるように、試練を与え、蕩減視帰路程を歩ませます。
蘇生期では僕の立場なので、誘発的な生活にならざるをえませんが、長成期では誘発から自発的な生活に成長します。家庭を持つ完成期では、自発性によって家庭を築かなければなりません。本性の価値基準で、自分を完全に主管していかなければなりません。自発性によって勝利の生活をしなければならないのです。
主体者によって影響を受ける信仰は、もはや、やめなければなりません。愛を受けたい、同情を受けたいという考えを捨てなければなりません。私たちは愛の自立者です。愛を豊かに持って与えてあげなくてはならない自分なのです。愛の負債を負うときではありません。
私たちが最も失敗しやすく、自分の本性を失いやすいのは、最も親しい人と一緒にいるときであり、また、同じことを再びするときです。他人と接するときには素晴らしい自分なのですが、家に帰って妻や家族たちに対するときには、適当に扱いやすいのです。自分性によって暮らす人は、だれに会ってもいつも同じなのです。

