愛の結実期
4.自分を不信することは神を不信すること
ある責任を任されたとき、やってもしないで心配が先立つ人がいます。その目標に圧倒されてしまうのです。今までこうだったからという過去の思い、古い先入観に主管されてしまいがちです。しかしすべてのことは自分がするのではなく、神が私を通してそのようにしたいと思われるのです。神がしなさいと言われるときには、すべて準備しておいてしろと言われるのです。やってみもしないでだめだと悲観して、どうなるでしょうか。
私たちは神のものです。自分を不信する者は神を不信する者です。自分の本然の価値を貴重視する人は、毎日が新しい一歩になるのです。責任を任せられても、心配する必要がありません。与えられた責任を貴重に思って、謙遜な姿勢で黙々と実践し、喜べばよいのです。そうすれば神がすべてしてくださいます。私たちは自発的にわき上がる喜びだけを有すればよいのです。今は自発性によって愛すべきなので、自分を貴重に思わなければなりません。
神の立場に立って、神の事情を知り、愛を実践するとが来たのです。組織の中でしかたなく続くのは、大きなマイナスです。それは祈ったからといって、簡単に回復するものではありません。

